栃木強盗殺人の高校生らの、凄まじい《想像力》欠如。だから僕は散歩授業をする。
上三川事件の高校生たちを「なんてバカな事を」と嘆くのは簡単だけど、じゃあ、どうすればいいの? 「バカな事」にハマり込むのを防ぐ薬は、[知識] と [想像力] だ。世の中にはこういう危ないワナがあるんだ…と、知識で自衛すること。こういう事をしたら、次にこうなっちゃうよな…と、想像力で自制すること。後者の力を鍛えるべく、僕は子ども達と《想像力散歩》に出かける。
原発事故被災地で、地元の中学生たちと散歩。想像力をフル稼働しながら
先週某日、晴。気温快適。授業開始のチャイムが鳴って、中学の校門前に1年生全員が集まった。と言っても、小規模校で全10人だけど。
初耳情報を、確かめもせずにすぐ信じない。決めつけない。思い込まない。窓を拡げて、[カモしれない] を沢山思い浮かべよう! ーーーそんな想像力開発授業を3パターン、僕は各地の学校を訪ねて実践している。①他者への想像力/②未来への想像力/③情報への想像力…を、それぞれ鍛える別々のプログラム。今回は、その内の①《想像力散歩》の日だ。
今回訪ねたのは、福島第1原発事故現場にかなり近い公立中学校。皆で学校周辺を散歩しながら、目にする人や物を手掛かりに想像を自由に拡げるアドリブ100%のこの屋外授業にとって、ここはなかなかの難所だ。なにしろ、避難指示解除から9年たってもまだまだ空地が多く、道行く人も少ないから。それでも好奇心全開でキョロキョロすれば、想像のタネはいくらでもある。
「さぁ、今から皆で50分、お散歩しよう! 知識を学んで[大人に近づく]授業じゃないよ。想像力を取り戻して[子どもに返る]授業。今日 僕(下村)は、何も教えません。逆に、質問ばっかりします。それにみんな、[1つの正解]じゃなくて[沢山のカモ(=かも知れない)]で答えてね。頭も心も、どんどんほぐれるから。じゃあ、しゅっぱーつ!」
① 植え木とフェンスが、合体してるよ

ーーあ、いきなり校門脇の、この木見て。フェンスの内側に根本は1本だけなのに、枝が網目の隙間から半分外側にはみ出して、半分コみたいになってるよ。
「ほんとだ、面白い!」「こんなに毎日通ってるのに、全然気がつかなかった!」
ーーこの木は、フェンスのことをどう思ってるんだろう?
「邪魔な奴だな~」「僕の形をハート型にしてくれてありがとう」「包み込んであげるよ」
ーーへぇ、意外と仲いいかも知れないんだ。じゃあ、フェンスは木のことをどう思ってる?
「なんで、こんなに僕の近くに生えたんだよ」
「暖かく包んでくれてありがと」「でも、これから夏になるとちょっと暑苦しいよ」
「平凡なフェンスだったのに、君のおかげで今みんなが珍しがって見てくれて、うれしい」
ーーこれから、どうなってくかな? 木が何mも大きく育ったら、このフェンスは…
「壊れる」「その前に、木の方が抜かれる」
「枝がだんだん太くなって、フェンスを中に飲み込んだみたいになってく!」
ーーひゃ~、誰が当たるだろう。皆が大きくなったら、ホントに確認しに来てね!
② 震災前から立つ大木は、今何を思うのか

ーーこの大きな木、明らかに大震災より前からここに生えてるよね。どんなこと、思ってるだろう?
「光合成、気持ちいい~!」 「放射能、気持ちいい~!」
ーー(下村、内心ギョッとするが顔には出さず) うわ~たしかに、放射能って毒ガスとかと違って匂いも色もなんにも感じられないから、あの事故のあと普通に光合成してるつもりで、知らずに浴びちゃってたよね……そこが、怖いんだよね。
あとこの木、大津波と原発事故に遇う前の、昔のこの街も見てるよね。それと今のここと両方見てて、何を思ってるだろう?
「人が少なくて、寂しいなぁ…」「新しい街がどういう風になっていくのか、楽しみ!」
ーーそっかぁ。僕たちの歳だとさぁ、今より賑やかな昔の町の景色を知ってるから、つい「失われた」って感じになっちゃうんだよねぇ。みんなは、震災後に生まれて避難解除で外からここに来て、ゆっくりだけど家が増えてく様子しか見てないから、シンプルに前向きな感覚もあるんだね!
③ 電柱リレーのアンカーを見上げて

ーー見て、この電柱。電線が、ここで終わりになってるよ。電線の中をずーっとこの終点まではるばる運ばれてきた電気って、出発点はどこから来たんだろう? すぐそこの、吹っ飛んじゃった原発からじゃないよねぇ。
「あそこの家の屋根の上のパネルから!」
ーーひゃはは、そうかもね! 太陽光で電気作り過ぎたら、売電とかあるもんね。
「どこか知らないけど、東北電力の発電所じゃない?」
ーーそれって、ずっと遠くかなぁ。じゃ、その発電所から鉄塔で近くの変電所まで来て、そこを出発して1本目の電柱からずーっとここまでリレーして、この終点の電柱は何本目なんだろう?
「100本目!」「もっとあるよ」
ーーどんな想像したら、見当がつく? まず、見える所を見てみようよ。すぐ隣の電柱までは、何メートルぐらい離れてるかな?
「50メートルぐらい…?」
ーーそしたら、後で地図で変電所が何キロ離れてるか調べてみようよ。例えば20キロぐらい離れてたら、その間ずっと50メートルおきに電柱が並んでるとしたら、ざっくり全部で何本ってこと?」
「20キロと50メートルだから…(計算時間略)… 400本?」
ーーすごいな、もしかしたら400本ぐらいの電柱がず~っとリレーして、それでこの建物の部屋の明かりがついてるのかもね!」
④ 空地のこれから…決めるのは誰だ?

ーーなんか、歩いてると空地がいっぱいあるねぇ。ここ、これからどうなると思う?
「家が建つ」「駐車場になる」「公園」「だんだん雑草が増えて、森になる」
ーーそれって、誰が決めるのかな?
「この土地を買った人」「総理」「町長」
ーー土地を買うの、大人になったみんな自身かもね~。総理を選ぶ国会議員とか、町長とかは、誰が決めるの?
「選挙!」
ーー将来の選挙って、誰が投票するの?
「あ、私たち?」
ーーじゃあ結局、住宅地にするのか公園を作るのか、この空地どうするか決めるのって、みんななのかもねー。だったら、予想じゃなくて希望を考えてみよう。この空地、これからどうしたい?
「公園にするのがいい」「森」「コンビニができるといい!」「あー、それがいい!」
ーーおぉ~、学校のそばだから、そりゃ便利そうだね。
「でも、あっちにモールあるから、近くにコンビニは無理じゃない?」
ーーなるほど。どうやって皆で決めていくのかなって、後でもっと想像してみて。じゃ、また歩くよ~。あ、みんな、あれ見て!
きっかけは、無尽蔵。こうしてまだまだ《想像力散歩》は弾む
この調子で50分間、あたりを一周して学校に戻るまで、僕は次から次へとひたすら問いかけて、子ども達の想像力スイッチを入れ続ける。

⑤ この診療所のお医者さん、どうしてここで働こうと決心したのかなぁ?

⑥ 針金が電柱に巻き付けてあるってことは、この反対側にポスターが貼ってあるね。何て書いてあるか、想像で当ててみよう!

⑦ ズラッと花が並んでるよ。誰がどこから持ってきて植えたのかな? お金は誰が払ったんだろ?

⑧ このアパート、右の4枚の玄関ドアがくっつき過ぎてない? 開けると、中はメッチャ細長いの?

⑨ こんな所でタンポポが、風に揺れてるよ。何を今考えてるのかなあ? ーー等々
[知識] & [想像力] のダブル教育で、子ども達を=未来を守ろう
“難所”という開始前の懸念は当たり、《人や車とすれ違った時、その持ち物や車種から用件・目的地を想像する》という一番ダイレクトな [他者に対する想像] の発問チャンスには、ほとんど遭遇できなかった。このあと同日に連続して行なった、2年生・3年生(各10人)それぞれの散歩でも、そこは同様だった。
……それでも散歩中、子ども達の想像は、時に大人の僕の硬い枠内をポーンと超えて、思いもよらぬ答えが返って来たりする。そういう時にこちらが心底面白がってリアクションすると、彼らはますます(いい意味で)調子に乗ってくる。
もちろん、中には終始興味なさげに、ただ付いて来るだけの子もいる。卵の殻は、無理に突っついてはいけない。でもこの散歩で、幼時のように想像する楽しさを取り戻してくれた子は、柔軟体操をしたように頭や心が柔らかくほぐれ始める。そうすると、初めての情報(栃木型の事件に繋がるような悪い誘惑でも、社会を惑わすデマでも)に接した時に、そのまま鵜呑みにしないで “ちょっと想像してみる” スイッチが自然に起動する。
僕が強く推している「レイの失踪」のようなゲーム型教材で、闇バイト対策の [知識] をしっかり身につけると同時に、この散歩授業で [想像力] も実戦的に鍛え直すこと。後者の取り組みは迂遠なようで、実は直球ど真ん中の教育ミッションであると僕は思う。
先生方、ぜひパクって下さい!
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